鑑賞・宮坂静生句集『雛土蔵』の二句 

                                           松本よし乃  2012年「岳」七月号より 

 

     紅白梅図屏風に風渦巻くか

「風渦巻くか」に胸を衝かれた。渾身を尽くした画家の魂と対峙して、一歩も退かぬ作者の気概に、圧倒される。
下句の五文字をもって、高貴と荘厳の美の極致に、立体感を巻き起こした。
その力量たるや、畏れを抱かずにはいられない。
「紅白梅図屏風」は尾形光琳が晩年に描いた二曲一双の屏風である。琳派芸術の最高傑作とされる。
両端に紅白の梅樹を配し、中央を大きく末広がりに水が流れる。
「風渦巻くか」と言わしめた水流部分は、黒く藍く、金色の渦は千変万化。熱海のMOA美術館所蔵の国宝である。
この句の気魄に力を得て、画の前に立ちたいと願う。

     蛍火のついーんついーんと響きけり

姿の美しさに見惚れる。日本語の秘める豊かな情感に痺れる。幾度も音読して中七の語感に溺れる。
蛍火に死者を連想するのは当然のことながら、個人の経験を呼び起こす。
戦後の一時期、色っぽい(と思えた)女名前の台風が吹き荒れた頃、夜の漁に連れられて行った近所の幼馴染が遭難した。まだほんの少年だったのに。
「ついーん、ついーん」尾を曳いた光は突然消える。断ち切られた光は、あの世とこの世を結んで響く。   

 

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