わたしの静生一句 (5)
            

                                                    松本よし乃  2014年「岳」五月号より

 

           天屋場の障子灯りて狐色   宮坂静生

前書きに、「茅野」とある。この一見詩的でロマンチックな句は、極寒の夜間労働を蔵して重く切ない。
一句を舌頭に転がすとき「障子灯りて」の語感の重厚さに胸を衝かれる。
そして下五の「狐色」に、天候や気温の変化に対処する細心の作業と疲労困憊の果ての眠り、灯影が醸し出す絵本の一頁のような夢幻の懐かしさに、茫漠となる。

諏訪地方に初氷が張る頃、天屋衆と呼ばれる寒天造りの技術者集団がやってくる。厳しい寒さと乾燥した空気を利用した全国屈指の特産品造りのプロたち。

テングサを大釜で煮溶かし、煮汁を漉して、生寒天すなわち「生天」を造り、莚を敷いた木製の干し台に並べる。
最初の晩の凍てで生天に氷の花を咲かせるのが勝負だという。昼夜の寒暖差から凍ったり解けたりを繰返し、二週間ほどで水分の抜けた角寒天に干し上がる。
製品には今に伝わる天屋衆の、伝統的手法が駆使されている。

わが愛媛は国内有数のテングサ(寒天原藻)生産量を誇る。夏の佐田岬の小道を辿ると、潮が滴り、所々に赤いテングサの切れ端が落ちている。
つい今しがた採取したばかりの重い荷を背負うて通って行った海士(あまし)の痕跡である。

 平成十九年作。句集『雛土蔵』所収

 

 

 

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